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with ferine stealth

お里が知れる 

ふと祖母の言葉を思い出してた私が通ります

今日のBlogはちょっとへんてこりんな私のリアルの自己紹介の一部ですん。
私を作り上げた過程。そして家庭。

とある地方都市の中心地で、建設関係の会社を営むやや変わり者の夫婦のもとに4人兄弟の末っ子として産声をあげた私。

普通の家のお母さんって、朝は朝ご飯作って子供起こして自分の準備してとか、各々の家で色々だと思います。
でも私の家では私が小学校5年生ぐらいまで、ご飯(お弁当含む)は全て祖母が作っていたんですよね。
うちの母はというと?体つきは華奢で我が母ながら可愛い見た目。
毎朝作業着に首からタオルで2トンダンプに乗り込み、女性の親方として現場に行ってました。
今でこそ丸くなった父が当時は呑む打つ買うを地でいく、とんでもない人だったからです
性格と見た目のせいもあるのかもだけど、とにかく次元が違うぐらいモテてたって冠婚葬祭で親戚に会う度今でも言われて
昔を思い出すと恥ずかしいのか、もじもじしてる可愛い父ですけど
そんな時母や親族一同がいつも笑いながら言うのは、「遊んだお金で何軒家が建つかわからんわ」というね。
今でいうところの、金遣いの良いイケメン妻子持ちってことだったんですかね。

まあ母に相当な苦労させたのも、子供ながらに理解していたのも事実です。
実際親族と会社をグループ経営するまで、入札であれ付き合いの飲み会であれ母が出向くという破天荒な女性。
当然ながら参観日や運動会、全部祖父母が来てくれていました。
今時珍しい姉2人・兄1人・私っていう4人兄弟の末っ子として生まれ育ててもらったわけですが
祖父母には死ぬまで足を向けて寝られないんですよねぇ

会社も家族も放り投げて遊びまわるとんでもなかった父ですが、なぜか兄に対してだけは厳しくて。
深夜家に帰宅して、寝てる兄を起こしてまで所謂帝王学をコンコンと話していました。
小さい時は兄と同室だったので、私にも話しは丸聞こえです
そんな父も今では孫可愛い孫大好きなじいじポジで、若い時の父を反面教師にした兄はしっかりした二代目を勤めあげてるってことです。

私の思春期は全て父に荒んだ気持ちをぶつけたような記憶があります。
今でこそ可愛い父だと思えても、当時の私は母を苦しめ私達を苦しめたクソ親父と父を見ていたので。
家を出る前に母から聞いた話では、父からしたら末っ子で一番可愛がってる私の思春期が一番辛かったと。
父がいると不機嫌になり、しゃべらない笑わないすぐ自分の部屋に行く。
「誕生日何がほしい?」 と聞かれても 「なんもいらん」
会話なんて成り立たなかった親子関係。
それも1年ほどでおさまりましたが。

こういう家庭で育った私ですが、人からは裕福な家庭で良い教育を受けて育ったと誤解されがちです。
確かに母が子供には教育が必要だという考えの人なので、良い教育のほうは間違いありません。
がしかし!洋服は2人も姉がいたため、ここでも今時!?珍しいお下がりオンパレード。
私の子供時代の母の口癖は、子供に我慢をさせる時

「うちは貧乏なんだからね。誕生日まで待とうね。」

中学生だった姉がアメリカへの留学を決め、帰国子女なこと・・・
学校の家庭科室のミシンや美術室・音楽室のピアノ・・・
寄贈主の名前が父と同姓同名で会社名が・・・うちの会社の名前・・ファッ
何かがおかしい・・・・・・・・・
小学校の間は気にもしなかったけど、中学に上がりポンコツな私にでも気が付きますよね。。
子供にある部分で決して贅沢を許さなかった母。
節約第一!使わない電気は消せ!水道は出しっぱなしにしない!絶対に食べ物を粗末にしてはダメ!寒ければ着こみなさい!暑ければ涼しくなる服着て窓開けなさい!
あーんもう!何時代なの---

それを思い出してて、やっと答えが見出だせた気がしてるんです。
母はいつ父と離婚してもいいように、準備してたんじゃないかって。
賢い人だから、このぐらいのことは考えてたんじゃないかなあ・・・なんて。
それらしいことを母に聞いたこともあるけど、笑って誤魔化されました

お里が知れる。
おばあちゃんに洗濯物のたたみ方干し方で注意された時初めて聞いた言葉。
祖父母は両親がいるのなら2人づつですよね。
ですが我が家に居た祖父母は母方の祖父母なんです。
父は次男坊では、母は複数兄弟の下から2番目っていう微妙な立ち位置なのに自分の親を引き取ってしまうという。
とにかく私から見ると、決めたことは曲げないし、軽々となんでも越えていく人。それが私の母です。
母方の祖父母は実質私の育ての親。母不在時何から何までしてくれたこと。
祖父はとにかく甘く、祖母は教育係。
何から何まできちんとした人なので、礼儀作法から宿題まで全てみてくれました。
料理もすごく上手で、おやつは全部手作り。
おしゃれなおやつはなくても、いつも私達が笑顔でいられるよう努めてくれていたんだなぁって

お里が知れる。
その言葉をずっと忘れないで、お陰様で今は私も1人の主婦です。

父方の祖母は夫である祖父を早くに亡くし、飲食で大成功した天才的な商売人。
祖父亡き後、3人の幼い子供を女手一つで育て、飲食業で財を成す。
彼女が何人もいる孫の中でことさら私を可愛がってくれたのは、私が彼女に似ていたからだと聞いています。
財産が人だということを教えてくれたのも彼女。
生きてるうちは何事もお陰様なんだよと教えてくれたのも彼女。
わざわざうちの母にお伺いを立てて、ちょこちょこ連れ出してくれて、母やうちに居る祖父母に内緒で食べさせてくれたスイーツ。
いつも私に 「これママに渡して」 って持たせてくれる物の中にお金が入ってたことも知ってたよ私。
うちに居る母方の祖父母に遠慮して、コッソリ運動会をみにきてくれてたことも知ってたよ私。
父が不甲斐なかった分、父方の祖母が心底心を砕いてくれたことも。
全部知ってたよ私。


今日の私を形作ってくれた人達。

1人で生まれてきて、大勢に育てられた私です。
何事もお陰様なんですよね

長い自己紹介の一部になりました。
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プロフィール

のえらるね(nia)

Author:のえらるね(nia)
数匹の猫と夫との生活をのんびり書いていこうと思います。
ゲームなんかもしてるので、そちらの話もちらほら。
更新はマメではありません。
専業主婦と見せかけてWebデザインのお仕事とかしてます。
どこかで見かけてもそっとしといて下さいな。
詳しいプロフはカテゴリーから見れます。

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